重要文化財になるということ

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奈良町(旧市街)で重要文化財に指定されている、築250年以上(推定)の商家です。

ご当主と奥様が、伝統文化を守り伝えたいという一心から莫大な私財を投じて解体修理され、
そこに住まわれながら保存活用されている日本でも数少ない「生きた町家」です。

ご存じない方が多いと思いますが、文化庁を始めとする役所は、修復保存についての厳しい注文は出してもお金はほとんど出しません。ですから、こういうお宅に生まれた方のご苦労は大変なものです。

拙宅のご近所の羽曳野市島泉にも、国宝指定第一号の農家があります。
(現在は、法改正により、重要文化財指定)。

しかしそこのご当主(全国重要文化財古民家の会、会長)ですら、
「家のことを語り継げるのは自分の代で最期」とおっしゃいます。

その農家は今では、年に二回、春と秋に一般公開するだけで、住宅としては現在は使用されていません。
それでも、数年前、茅葺屋根の葺き替えだけで6000万円持ち出しされたそうです(フーッ)。

写真のお宅では、文化財指定された店やお座敷を実際に使用し、旧式の台所でお料理もされています。
私も火を起すのをお手伝いし、カマドで炊いたご飯を何度かいただいたことがあります。

この古い家の素晴らしさについては、とてもここでは書きつくせません。
建築専攻以外の一般学生も含めて、この家を見て感動しなかった人は一人もいません。
(昨日は小学生に家の造りを少し説明してみましたが、「すごいね!」とため息をついていました)。

実際に毎日使用して「家を生かす」ため、奥様は大変なご苦労をされています。
そしてその古い家の驚くべき機能性を若い人達にも見せてくださるため、
この家が伝える「古き良き日本の美しい心」を教えてくださるため、
日々、孤軍奮闘していらっしゃいます。

通常は許可されない電気の使用(文化財の修復では、創建当初の形に戻すことが鉄則)も、
「電気もつけられないのでは家として生かしていくことができません」と文化庁に掛け合い、
現代生活の使用にも耐え、かつ江戸時代の住居の良さをそのまま残す現在の家を作り上げられました。

しかし一般公開をおやめになってしまった背景には、想像を超えたご苦労があったのだろうと思います。

広島県のある重文住宅では、一般公開していた時、家の部材を盗んでいく方がいて困ったそうです。
また営業に慣れないため、たった300円の入場料でも請求するのに気疲れするというお話を聞きました。

しかし現実には、一人300円程度の入場料(保存協力金)では、毎日何百人という方が訪れる観光名所でもない限りワリに合いませんし、一家の主(主婦)が一日中店番をしていては身が持ちません。

非常に貴重な家ですし、最近ではマナーを知らない人も増えていますから、神経も磨り減るでしょう。
(家自体より古い狩野派の襖絵もそのまま使ってありますから、そりゃ気を使います)。

わずかな収益をはるかに上回る経費と労力がかかるのが、重要文化財住宅の保存なのです。
ここ藤岡家でも、表の店部分の修理だけで、別に家を2軒買えるほどの経費がかかったそうです。

ですから、ほとんどの持ち主の方は、維持や修復は諦め、家を手放してしまいます。
市町村が買い取って保存公開している例もあります(富田林市・杉本家など、全国に多数)が、
そこから学べるものは、実際に主を持つ家とは全然違ってきてしまいます。

私は、個人で維持保存されている重要文化財民家の場合、一人1000円程度の協力金を徴収する前提で、
10名~20名程度の真剣に建築もしくは伝統文化について学びたい人のグループだけに
予約許可制で見学をさせるのが良いのではないかと、他人事ながら思っています。

ご案内いただくご家人のご苦労や清掃管理にかかる経費を考えても、そのくらいのお礼は当然ですし、
茶道のお家元や非公開寺院等の特別拝観も、そのくらいの謝礼をするのが普通もしくは最低限です。
(もちろん、お金を支払うだけでは見せていただけませんが)。

伝統文化を守り、古い家に実際に暮らしている方々は、
学校では絶対に聞くことのできない素晴らしいお話を聞かせてくださいます。

より多くの人々が(見失いかけられた?)住宅建築の本質について勉強させてもらうためにも、
文化財の保存活用に少しでもご協力するためにも良いと思うのですが、皆さんはどう思われますか?