美しい人、君の名は・・・

11月にはラッキーなことが二つありました。京都のライブハウスで、恐ろしく感動的なライブに2度も遭遇したことです。

1度目は、つい先日かなり遅ればせながらに「発見」し、絶賛していたばかりの山下洋輔NYトリオ。新聞で見て慌てて予約しましたが、リクエストした「鍵盤が見える席」も何とか確保されていました。ライブで拝見して改めて思いましたが、山下洋輔さんて、きっと本当に頭も性格も良い人なんですね。演奏中における他のメンバーとの完璧に対等な立場のとり方と、聴衆へのサービス精神が印象的でした。先月の○○ジャズストリートでの賞味期限切れ音楽の毒気に中ってお腹を下していた私の体調は、山下洋輔NYトリオの新鮮で栄養たっぷりな音楽を聴くことにより、完全復活をとげたのでした。

そして2度目は、これまたライブで聴くのは初めてでしたが、10年くらい前からライブ盤のCDを聴き、尊敬してやまなかった女性ピアニスト。客席の噂話で初めて知ったのですが、この方、6年間の雲隠れの後、一昨年復帰されたのだそうです。なんでも、周囲の演奏家やレコード会社と摩擦を起こし、活動停止していたのだとか、いないとか。(客席の薀蓄オヤジが大きな声でそう言ってるのを聞いただけなので、真偽のほどは不明)

このピアニストは、公式ウェブサイトも無く情報も少なく、出演予定を追うのはほぼ不可能。超ビッグネームなのに、突然他のミュージシャンのサイドメンとして弾いてたりすることもあるらしい。この比較的小さな箱で、偶然見つけて聴くことができ、本当にラッキーでした。しかもこの日は、私がそのコンビを絶賛してやまない、あの日本人ドラマーさんとご一緒でした!しかもオープニングは、先日の私の講義でも「楽器による完璧な対話」の例として取り上げたばかりの、10分以上聴いて初めて何の曲だかわかるという、あの伝説の名演奏のスタンダードナンバーでした。

彼女は、地味な服装と構わない長い髪で、客席にもバンドにも背中を向けてピアノを弾いていました。山下さんの時と全く逆の楽器配置でしたが、いずれにしても鍵盤はしっかり見えました。無駄な動きの一切無い腕の先から繰り出される、粒の揃った力強い音、独奏でも完璧なドライブ感。きっと小さい子供の頃からクラシックで鍛え上げられていたに違いありません。

ピアノという底知れない可能性を秘めた恐るべき楽器と、それを完璧に弾きこなす天才少女(といっても今はもう40歳を過ぎられましたが・・・)。極上の音楽に酔い、その喜びを噛み締めながらも、私の胸の奥の片隅にかすかな、しかし鋭い痛みを感じ続けていました。

自分が理想とする人生を、今、目の前で、2歳年下の見知らぬ女性が実現している。自分がどんなに入りたいと渇望しても、決して足を踏み入れられない別世界がそこにある。舞台はすぐそこなのに、永遠に縮まることのない2mの距離。彼女や山下洋輔さんの私生活が幸せなのか不幸なのか全く存じませんが、そんなことはどうでもいい。あんなふうにピアノが弾けさえするならば。

美しい人、その人の名は、大西順子