ディープな京都(3)借景問題
円○寺さんには年間を通じて何度もお邪魔していますが、あんなに混んでいるのは初めて見ました。
私と一緒の学生さん達は非常に礼儀正しく大人の振る舞いをしてくれましたが、
熟年観光客達が解説中にお喋りしたりカメラを動かしたりして、煩くてしょうがなかったです。
熟年観光客達が解説中にお喋りしたりカメラを動かしたりして、煩くてしょうがなかったです。
これこそ、ご住職がずっと恐れて避けてきたことではないのか、と少し心配になってしまいました。
「ガイド同伴お断り」の張り紙には「何故?」と思う方も多いかもしれませんが、
ただ「あ~ら、綺麗ねぇ」と感心して写真を撮ることしかしない団体客達の様子を見ていると、
ただ「あ~ら、綺麗ねぇ」と感心して写真を撮ることしかしない団体客達の様子を見ていると、
「一人で来られないような人は来なくてもよろし!」と、私(ガイド)ですら思ってしまいます。
「30年前には『環境』などと言っても見向きもされなかった」とおっしゃるご住職は、
ごく数年前まで、写真撮影も禁止、団体もお断りして、周辺の開発と孤独に戦ってこられました。
ごく数年前まで、写真撮影も禁止、団体もお断りして、周辺の開発と孤独に戦ってこられました。
上の美しい庭園の生垣と竹薮の向こうに広がっているのは、実はこんな風景なんです。
いつマンションが建ってもおかしくない、というところまで来ていました。
いつマンションが建ってもおかしくない、というところまで来ていました。
写真の向こうに小さく見える墓地は、檀家がないため本来は墓地を必要としない円○寺が、
開発を阻止するために自ら土地を購入して作ったものです。お墓なら壊されないだろうと・・・
開発を阻止するために自ら土地を購入して作ったものです。お墓なら壊されないだろうと・・・
数年前には市が周辺の開発許可を出し、「もうダメだ、最後に見てもらおう」ということで
写真撮影の禁止も解き、幾分観光客の受け入れも始めたところでした。
写真撮影の禁止も解き、幾分観光客の受け入れも始めたところでした。
先人の遺産を守ろうと孤高の戦いをしてきたご住職。
「やっと話を聞いてもらえた」と微笑みながらも、押し寄せる観光客には戸惑っているようでした。
「やっと話を聞いてもらえた」と微笑みながらも、押し寄せる観光客には戸惑っているようでした。
多くの方に理解してもらわなければならないが、といって、あまり有名になるのも困る・・・
観光バスが入ってこれるような道路が開発されれば、周辺の大型建築化はいっきに加速するからです。
観光バスが入ってこれるような道路が開発されれば、周辺の大型建築化はいっきに加速するからです。
(現在はまだ、タクシーさんも嫌がるような急な細い坂道の上の辺鄙な場所です)。
これから、まだまだ難しい戦いが続きそうです。
こちらもかなり辺鄙な場所にあり、
タクシーでも迷う方が多いです。
タクシーでも迷う方が多いです。
目印が何もない住宅地なので、
私も言葉ではよう説明しません。
私も言葉ではよう説明しません。
「知っている運転手さんにあたりますよう」
と祈るしかありません。
と祈るしかありません。
昨年の夏に何度か行ったときには、
受付に誰もいないほど静かでしたが、
受付に誰もいないほど静かでしたが、
この静寂もいつまで守られるのやら・・・
しかし、都市はお寺や観光客のためだけにあるのではありません。
(駅近の不動産=高価の法則に当てはまらないところが、京都の七不思議のひとつ)。
前述の円○寺のある岩倉周辺は「あそこならまだ買える」秘境の地でした。
今では地下鉄も延伸し、「家を建てるなというほうが無理」という状況です。
今では地下鉄も延伸し、「家を建てるなというほうが無理」という状況です。
(それで一条山の違法開発等も起こってしまったわけですが・・・)
借景の保全の難しさは、ちょっと考えればわかります。
アナタなら、「景観」という喰えない(?)ものに、どのくらいまでの価値を認めますか?
つまり、どの程度までの税金等の負担を許容できるか、ということです。
つまり、どの程度までの税金等の負担を許容できるか、ということです。
また、町の(他人の)景観を守るために、自分の多少の不便を我慢できますか?