大学病院の闇

私は『白い巨塔』でお馴染み、「浪速(なにわ)大学」の附属病院に長年通っています。
最近また主治医が「人事移動」により代わりました。

とっても良い先生だったのに、残念です。

昨年までの先生は女性で「助手」でしたが、外来医長で凄腕、若い先生達をいつも指導していたので、
「この人がきっと講師、助教授・・・と上っていくのだろうなぁ」と思っていました。

でも一度だけ、教授が小言を言いに出てきたときには、別人のように小さくなって謝罪されていました。
私は診察台の上で怯えながら、「白い巨塔白い巨塔・・・」と心の中でつぶやいていました。

その後間もなく、「退職するので主治医を代わります」と知らされました。

その先生はご主人が地元で開業されており、ご家族の協力で子育てもされていたようなので、
地方大学への転勤を命じられて辞職せざるを得なかったのではないか、というのが私達の読みでした。

引継ぎで担当になった先生は「助教授」だったので「今度こそは大丈夫♪」と安心していましたが、
あっさり一年後には、二度目の主治医交代を言い渡されました。

深い知識と抜群の診断力、職人技の技術、丁寧な説明、話しやすい人柄・・・素晴らしい先生でした。
「優秀だから若くして助教授なんだな~」と納得していましたが、なぜか系列の地方大学に移動。

現場(治療)に熱心すぎて処世術を忘れ、教授のお覚えがメデタくなかったとか?(←テレビ見過ぎ?)
いやいや、きっといずれは教授として呼び戻すため、いったん外に出されただけなのだと信じたいです!

しかし以前に「洛北大学」で外科のホープで次期助教授確実と見られていた先生が、
留学から帰ったとたん、なぜか地方に左遷されてそのまま帰れなかった、という事例もありました。

奥様は「私の『教授へのお中元・歳暮』が足りなかった」とご自分を責めていらっしゃいました。
そういう世界の「相場」を知らず、ゼロふたつくらい間違っていたのだとか。

その先生は某県では伝説の秀才で、苦学され、小さい妹を背負って高校に通いながらも、
成績は常に県のトップだったそうです。そんな超人的に立派な方が教授になれないなんて・・・

「洛北大学」は私も交通事故で運ばれたことがある病院ですが、もう二度と行きません。

私に追突してきた加害者が教授の知り合い(地元の医療機器卸会社)の娘だとわかったとたん、
診断が全治3ヶ月から1週間に縮んだからです!!!

だいたい西の「洛北大学・医学部」や東の「東都大学・理科�類」は、医療への使命感というよりは、
受験競争の勝負心(偏差値)で選んだり、研究で名声を上げようという野心家が多く行く大学です。

(某女優さんは東都の理�(建築)と併願して「京葉義塾」医学部にも合格したそうな・・・ヤな女・・・)

「浪速」は入試ランキングでは「洛北」より下ですが、人脈や系列力では上、というのは地元の常識。
しかし、せっかく出会った名医にも長くは診てもらえない、大学病院の構図には変わりないようです。

(里見センセーイ!)

先生方の人事移動について根堀り葉掘りはとても聞けませんでしたが、

国立大学法人になってからというもの、大変なんですよ~(溜息)」
「大学で学生の教育に力を注ぐのって、難しいですよねぇ・・・」

といった先生方の一言の中に、いろいろな事情を想像しているDoodlin'です。


追伸:「白い巨塔」オリジナル(昭和版)で病理学教室「大河内教授」を演じていたのは嘉さんです。