理系への即興

アメリカ人が一番恐れるものの1番が死、2番がスピーチなんだそうです。あの口から先に生まれたような人達の流暢なスピーチも、実は教育と訓練の賜物なんですね。共和党副大統領候補の女性のような速攻的口から出まかせの才能にはとてもとても敵いませんが、私も、実はよく知りもしないことをいかにも物知り顔で喋る演技力だけはあったようです。(ずっとそれで生きてきていないか?)

例の 「ピンチ!」な研究会での講演]の件ですが、成り行きに成り行きが重なって後に引けなくなり、とうとう3日前になって「音楽の話をする」と腹をくくった私は、休日を返上して作業を始めました。約300枚の所蔵CDの他、さらに20枚以上のCDをレンタルしてきましたし、さらに必要なCDや本があれば、送料に糸目をつけずに「お急ぎ便」でア○ゾンに即注文しました。また、今回ほどインターネットがありがたいと思ったことはありません。わからないことはすぐ調べられるし、使えそうな図版や資料も簡単にダウンロードできます。書籍や記事の著者に使用願いのメールを出すと、幸い皆さんすぐに快いお返事をくれましたし、お返事のついでに示唆に富むアドバイスをくださる先生もあり、とても助かりました。

ガンガン楽譜を書いてMIDIファイルを作り、あるいはCDを編集して音源ファイルを次々と作りました。そうやって手当たり次第に作業をしていくうちに、だんだんストーリーができてきました。結局、音源ファイルを一通り作り終えた時点で、荷造りして出発する日になってしまい、残りは例によってホテルで仕上げることになりました。(←またかい)

前日は他の講義やレセプションが夜までずっと続いており、夕飯ではワインが飲み放題でしたので、ややゴキゲンな頭で部屋に帰り、夜中から一人でちっちゃなノートパソコンに向かいました。

聴衆の音楽知識レベルは全く不明だったので、非常に初歩的なバロック音楽やブルースから始めて、フリージャズまでの即興演奏の発達史を、1テーマ1ページで、30分間のプレゼンに詰め込みました。しかし理系の世界には隠れ音楽家が多いことも事実なので、そういうウルサイ方も退屈しないよう、ちょっと珍しい民族音楽や古代音楽など、西洋のクラシック音楽と異なる文法を紹介しました。一方で音楽に興味が無い人にもわかるよう、また科学者の皆様に理論のほころびを突っ込まれないよう、理論の解説は最小限にとどめ、分野を超えて応用のきく「考え方」の話を中心にまとめました。さらに、この研究会は英語のあまり得意でない日本人学生さんなども参加しているし、音楽用語は日本語と英語、クラシックとジャズでは全然違うので、そこが一番苦労しました。

そうしてストーリーを組み立てているうち、また不明な点や自信のない部分を調べていくうちに、自分に抜けていたあるいは忘れていた音楽的知識が埋まり、またいろいろな新たな発見もありました。(おい、講演前夜にやっているべきことか?)あと数時間しかないのにまだプレゼンができていないという、かなり焦るべき状態だったのですが、いつの間にか鼻歌を歌いながら、リズムを取りながらパワーポイントを作っている自分がいました。「この講演を引き受けて本当に良かった!」と心から思い始めていました。(昨日までの脂汗と神経症はいったいなんだったのか…?)

主催者のM先生は、学生に対する教育的配慮が絶大で、分野を超えて深慮遠謀のある方なのですが、もしやこうなることまでお見通しで、私に音楽の話をするように強要してくださったのでしょうか?当日になるともう自分の出番が楽しみで、リハーサルもできていないのに何故か絶対的な自信にあふれ、約60名の聴衆の前に出てマイクを握ったらもうすでにいつもの調子で軽口を叩き始めていました。

蓋を開けてみたら、聴衆の中には、ずっとオーケストラでバイオリンを弾いている大学教授とか、絶対音感まである筋金入りのクラシック愛好家とか、自分もジャズを演奏するというアメリカ人とか、音楽の知識は全くゼロだという研究者さんとか、英語はよくわからないという日本人学生さんとか、とにかくありとあらゆるレベルや方向性の人々が混じっている聴衆だったのですが、幸いなことに、皆さんが面白かったと声をかけにきてくださいました。大安堵。かなりマニアックな選曲もありましたが、良い音楽は、様々な人々が各々の聴き方で楽しめるのですね。

驚いたことに「是非そのうち共同研究しましょう」と言って下さる物理学者さんまで登場して、Doodlin'もとうとう理系への第一歩を踏み出した???