旅人

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この前行ったとき撮ったのですが、良くも悪くもこれが私の「東京」のイメージ。何でだろ?

ところで今日昼御飯食べながらCASA BRUTUSのニューヨーク建築特集読んでおりましたら、出てくる建物や場所を(新しいものは除いて)どれもこれも鮮明に思い出せることがわかりました。

ふと、自分はなんて幸せなんだろうと思いました。

1987年のことでしたが、22歳の3ヶ月間、90日航空券の有効期限以外には何の拘束もなく、昼はブラブラと建築物や美術館を見て歩き、夜はビレッジ界隈の小さなライブ小屋をハシゴしてました。たまたまご近所に住んでいらした当時の「地球の歩き方」の編集長さん(たぶん創刊者)が「30万あれば3ヶ月海外に行けるんだよ~」なんてそそのかすもんだから、せっせと貯金したんです。人の人生に大きな影響与える人でしたね~。

でも海外旅行に行くと言ったら親が「そんな金があるなら家に入れろ!」と激怒したので、「フンッ!」と無視してアメリカに家出し、そのまま帰らぬ人となってやったのた。一人暮らしで学生してた2年後の1989年には、バイクに跳ねられた示談金で70万円手に入れ、今度はヨーロッパ一周90日間のバックパッキングの旅に出かけました。今に思えば一年間病院通いして足に後遺症まで残した割には随分安かったけど、当時は世間知らずの子供だったので、『儲けた!』と思ってました。

身体張って稼いだお金で(?)、ノルウェーの西の果てからイスタンブールまで、気ままに歩きました。東ヨーロッパ社会もギリギリで見ることができましたし(ベルリンの壁崩壊の3ヶ月前)、一人だったので、行く先々でいろんな人達と出会い、いろんなことを教えてもらいました。
写真のフィルムを鞄ごと全部盗まれちゃって何も残ってないけど、いろんな風景や場面が瞼の裏に、というか五感に焼き付いています。二等車に乗れて野宿もできる年齢のうちに行けて本当に良かった。今もし時間とお金があったとしても、あんな旅は2度とできないでしょう。

こんなふうに若い時に遊んでたせいでその後の人生はそれなりに苦労しましたけど、結局、目指していたはずの仕事にもつけませんでしたけど、今になって思えば何も文句はありません。これから死ぬまで退屈な田舎に住み、日夜人様のために働き続ける運命が待っているとしても、それはきっと若い時の「贅沢」の借金を返しているだけなんだと思います。

遊べよ、若者。

皆で一斉に学校を出て、卒業と同時に就職しなければならない社会。何とかしてあげたい。