年賀状の作法
仕事関係だった宛先は大幅に削除したのですが、それでも100枚以上になりました。
自分はそんなに沢山は受け取ってないんですけどね。(←なにかと片思いの多い私)
自分はそんなに沢山は受け取ってないんですけどね。(←なにかと片思いの多い私)
もう年賀状だけのお付き合いの方もいますが、この習慣だけはずっと続けたいと思っています。
手間はかかりますが、メールだけのお付き合いよりは、連絡先を見失いにくいと思うからです。
手間はかかりますが、メールだけのお付き合いよりは、連絡先を見失いにくいと思うからです。
皆さんはどうされていますか?
私は「今年こそ全部手書き!」と毎年決意しますが、結局は時間切れ、「印刷に一言添え」になります。
人から印刷だけの年賀状を受け取ると寂しく感じるので、自分もこの一言だけは欠かせません。
人から印刷だけの年賀状を受け取ると寂しく感じるので、自分もこの一言だけは欠かせません。
「12月25日以前に書いているくせに「元旦」と書くのは詐称だ。自分は断固として正月に書く」
という方もいますが、私はやっぱり元旦に受け取りたいし、相手方にも元旦に届いてほしいなぁ。
という方もいますが、私はやっぱり元旦に受け取りたいし、相手方にも元旦に届いてほしいなぁ。
「いつも顔を合わせる人に年賀状を出すのは間違いです」と茶道の先生がおっしゃっていましたが、
それは確かにその通りだと思いました。名刺代わりに出すことはたまにありますけれどね。
それは確かにその通りだと思いました。名刺代わりに出すことはたまにありますけれどね。
「もう何年も会ってない人から『今年もよろしくお願いします』と書かれるとムカつく」
と息子が指摘しました。理屈っぽい彼らしいですが、一理あると思いました。
と息子が指摘しました。理屈っぽい彼らしいですが、一理あると思いました。
私も、旧友の、まだお会いしたこともない奥様の字で「昨年は大変お世話になりました」と書かれて
ガックリきたことがあります。(ご本人とはもう20年も会ってねぇんだよー!)
ガックリきたことがあります。(ご本人とはもう20年も会ってねぇんだよー!)
「自分の家族の写真を入れたり近況を書いたりするのは非礼です」と書道の先生に教わりました。
季節の挨拶状は、相手のことを気遣って出すものだからだそうです。
季節の挨拶状は、相手のことを気遣って出すものだからだそうです。
その道のプロのご意見なので相当悩みましたが、やはり最終的には子供達の写真を入れてしまいました。
私も、差出人の方の近況をお聞きしたり拝見したりするのを毎年楽しみにしているからです。
私も、差出人の方の近況をお聞きしたり拝見したりするのを毎年楽しみにしているからです。
建築家の方などはご自分の新作の写真や図面を入れてこられる方がほとんどですが、
私の目に見える作品といったら、今は子供達だけ…出来の良し悪しは別としても、ね(笑)。
私の目に見える作品といったら、今は子供達だけ…出来の良し悪しは別としても、ね(笑)。
「いかがお過ごしですか?」と訊かれても、その答えを返すのは一年後になるじゃないですか。
それではまるで遠くの星と会話しているような時差になってしまいます。
それではまるで遠くの星と会話しているような時差になってしまいます。
「子供の写真はウンザリ。他人の子なんか可愛くない」という意見も聞きました。
でも、自分の老醜を世間にさらすのはダイエットが終わってからです。ここだけは事実隠蔽。
でも、自分の老醜を世間にさらすのはダイエットが終わってからです。ここだけは事実隠蔽。
宛名書きについても、考えることがいろいろあります。
明らかにデータベース化されている印刷宛名を受け取ると不愉快でしょうか?
私は今年は、一見ペン字に見えるフォントを使いましたが、むしろ小ざかしい感じでしょうか?
私は今年は、一見ペン字に見えるフォントを使いましたが、むしろ小ざかしい感じでしょうか?
今後も出す相手と切る相手(言葉は悪いですが)を仕分けしているとき、プリント宛名で送られていると
「データベースに私の名が入っている→向こうからはまた年賀状が来る可能性が大」
と判断され、つい出すほうに残してしまうという現象もありました。
「データベースに私の名が入っている→向こうからはまた年賀状が来る可能性が大」
と判断され、つい出すほうに残してしまうという現象もありました。
ということは、プリント宛名で出したほうが自分も切られないで済むのか…?
悩みはつきない、年の瀬です。