葬式にワガママ申す

不謹慎かもしれませんが、書きます。
私は友人の告別式の進行のしかたに不満でした。

まず葬儀社の司会者が、故人と喪主(奥様)の名前を言うとき、いちいちメモを見るのが気になった。
プロなんだろうし、大事な二人分の名前くらい、覚えてもらえませんか?

それから、時間がないからと、弔電送付者の紹介を途中で切り上げた。
何千通来ているわけじゃあるまいし、気持ちを同じくする人々の名前くらい聞かせてもらえないですか?

お焼香の途中でお経が終わり、ご住職は途中退席された。
葬儀とはそういうものなのかもしれませんが、なんとなく変な雰囲気でした。

日蓮宗なら「南妙法蓮華経」を何回繰り返してもいいんじゃなかったですか?

お経が終わったあとは、ずっと本田美奈子の「アヴェ・マリア」のCDが流れていました。
J-POPアレンジです。

極めつけは告別式でした。

お棺の中の故人に花のひとつもたむけさせてもらいたかったのに、
「ご友人は代表の方だけでお願いします」と言われ、お顔もちゃんと見ることができなかった。

住所ともに記名してあるのだから、遠方から来ている友人が多いことくらい見ればわかったはずです。
忙しい仕事をなんとかやりくりして駆けつけた人達も沢山いました。

みんな故人が大好きだったから、ちゃんとお別れを言いたくて来たのです。
みんなボロボロに泣いていたから、義理やお付き合いで来ているのではないことは明らかでした。

斎場に運ばれていく棺を見送りながら立ち尽くす私達の横で、会場はあっという間に片付けられました。

私は日頃、「自分が亡くなっても葬儀はしなくていい」などと家族に言っていましたが、
今回、病気を誰にも知らせなかった友人の死というものに接し、少し気持ちが変わりつつありました。

私はこの故人ほど、多くの人に別れを惜しんでもらえるような立派な人間ではありませんが、
だからといって、「ハイ、次、一丁上り!」みたいなセレモニーは嫌です。

手づくりの友前結婚等はよくあると思いますが、葬儀屋を介さない葬儀はできないのでしょうか?

いずれにせよ、私の葬儀は、
「あくせくと時間を気にしなくてよい段取りで、誰でも自由に手ぶらで来られるようにしてほしい」
とお願いしたいと思いました。

今朝、家に帰って来ると、主人に「頭に何かついてるよ。何それ?」と聞かれました。

「お清めの塩をかぶったんだけど・・・?」と答えると、
「玄関にまくんでしょ。自分に頭からふりかけるんじゃないよ。」と教えてくれました。

ううーっ、常識って難しい!