ブログの価値

いろいろなブログを見ていると、3ヶ月から1年でやめてしまう方が多いような気がします。
仕事や家事が忙しくなると更新できない、ということもあるでしょう。

ウチでも、主人が「ブログ書くの控えてもう少し家事をしたらどう?」と言いますが、
「ブログは大事!」と言い切ってやりました。

「ブログやる暇あったらアフィリエイトで小遣いでも稼いたら?」という友人もあり、
最初は私も「そうだなぁ・・」と思って(稼げない自分に)劣等感を抱いたりもしていました。

でも最近ようやくわかったのです。
お金に換算できない価値もあるんだ、って。

そこへ、アルビン・トフラーが最新の著書「富の未来」で、お墨付きをくれました。
ブログを始め、子育てやボランティアなど、お金にならないことの価値が増大しつつある、と。

確かに、ブログに書いていただくコメントや情報は宝物です。
他の方の書いた記事が自分の毎日に大きな影響を与えることもあります。

仕事がないから暇つぶしにブログ書いているとか、働き盛りの年代のはずなのに稼いでないとか、
いろいろなコンプレックスにさいなまれながら、中途半端な主婦をして来ました。

履歴書の空白がこれ以上長くなったらもう二度と仕事には復帰できなくなる、そう思うと
不安で絶望的になることもありました。

でも、もうそういった「他人の物差し」を気にするのはやめようと思います。

私の親類縁者には、お金にならない仕事を一生続けている男性が2名(50代と70代)おります。

「プロになるだけの実力がないからボランティア」という事情とは全く違い、誰にも媚びずに
その辺の売れっ子にはとても真似のできない高度な仕事を、真剣に続けているのです。

人間として最低限の極貧生活をアルバイトで支えながら、それぞれ、独身の一人暮らしです。
でも、二人とも歳のわりに若々しく、「貧しい」とか「寂しい」とかいう感じは全くしません。

知らない人は、「道楽で幸せな人生だねぇ~」と皮肉たっぷりに言いますが、本人に言わせれば、
「毎日がしんどいよ。辛いと思わずにできる『良い仕事』なんてないんだよ。」なのだそうです。

毎日が自分自身との戦い。それを迷わず何十年も続けるなんて大変な忍耐力です。
その努力の蓄積から生み出されたものの価値は、見る人が見ればちゃんとわかります。

それはお金にならなくても、名声につながらなくても、これは彼らの立派な仕事なのです。

(税務署からは「無職」というお墨付きをもらったらしいですが・・・)

マチュアスポーツも、クラシックやジャズなどのお金にならない音楽も、その類かもしれません。
立派に家事や子育てをしている主婦の方々などは、最高の仕事をしていると言えるでしょう。

芸術家だけでなく、宗教家や哲学者なんて職業も本来はその類だったのでしょうが、
現在では、収入「教授」等の肩書き、あるいは論文・著作がないと仕事と認められないようです。

(もちろん保育園も、「哲学しています」と言っても子供を預かってはくれません)

お金を稼いで豊かに暮らして死ぬか、他人から称えられて勲章をつけて死ぬか、
あるいは正直に自分と向き合い、自分のしてきた行いに満足して死ぬか。

本当は、人生にはそんな選択肢があるのではないでしょうか。
(家族を持ったらなかなか自由に選択もできませんけれどね・・・)

私のブログはそんな立派な「仕事」ではありません。
でも、報酬や履歴書に残る評価を気にせずに何かを頑張ってみようか、と思ったのです。

最近見た「人生劇場」という古い映画(1964年・日活)で、
「人間はやれるだけやることが大事だ。それで勝っても負けても文句はあるめぇ。」
というようなセリフを聞き、そうだよな、と思いました。

勿論、私の人生はそんな「男らしい」真剣勝負ではありません。

でも、ズボラでグウタラで飽きっぽい性格を直すための手始めとして、
毎日一本、自分なりに意味のあることを書く、これをこれからずっと続けようと決めたのです。

さて、皆さんはどんな気持ちでブログを綴っていらっしゃるのでしょうか・・・